経営戦略
三菱UFJフィナンシャル・グループ一体となっての顧客支援も含めて、他社にはない独自の総合ソリューションをご提供致します。
2021年10月、岸田文雄首相は国会の所信表明演説で、地方と都市の差を縮める「デジタル田園都市国家構想」を打ち出しました。本稿では、日本の「デジタル田園都市国家構想」の背景で起きている問題について取り上げ、デジタル実装の要ともいえるデータセンターのあるべき方向性について説明します。
岸田文雄首相は、2021年10月の所信表明演説にて、地方からデジタルの実装を進め、地方と都市の差を縮める「デジタル田園都市国家構想」を打ち出しました。「デジタル田園都市国家構想」とはどのようなものなのか、この構想の内容については、多くのメディアやデジタル分野の専門家、コンサルタント、ジャーナリスト等が分析しています。その1つに「岸田政権の目玉政策『データセンターの地方分散』に外資系事業者がそっぽを向く理由」(DIAMOND online(2022年6月2日付)*1)という記事がありました。この記事によれば、日本のデータセンター(以下、「DC」)建設に外資系事業者が参入してこない状況にあるようです。日本における「デジタル田園都市国家構想」の背景で、いったい何が起きているのでしょうか?
DCの建設市場は、DATA BRIDGE MARKET RESEARCHによればグローバルで年間9.6%*2成長し続けていますが、日本のDC数は米国の2,653に比較して199*3と、わずか1割にも満たないのが現状です。日本のDC数が少ない理由は、他国に比べて個人のネット利用時間が短く、企業のIT投資も遅れているなど、データ使用量そのものが少ないためです。このような状況下の日本において、更に追加で、78カ所のDC立地候補地リスト(意見交換を実施した地方公共団体の候補地)を集めて建設していこうというのです。
DC建設が難しい理由をわかりやすくするため、DCビジネスの計画から実行までの全体像が把握できる図表を、以下の図1にまとめました。現状日本のゼネコンが対応しているビジネス領域は、グレーで表現しているところだけで、建物施工の部分が主になります。地方にDCの建物を建設する前に、各DCの目指す事業戦略を明確にすることが重要です。更に、業務プロセスをデザインし、他のDCに勝てるような先進的な技術(モジュール化してリードタイムを短縮する等)を取り入れ、IT(情報処理)・システムなどは目的に合わせたアーキテクチュア(基本設計)にするといったことがカバーできていないと、付加価値の高いDCを完成させることはできません。
特に、最近のDCは、カーボンニュートラルに対応すべく電力使用効率PUE(Power usage effectiveness)を重視しており、GAFA(ガーファ、Google、Apple、Facebook(現META)、Amazon)レベルになるとPUEをグローバルに管理*4しています。PUEの年間平均をいくらにすれば、太陽光の再生エネルギーと併用し、カーボンニュートラルの達成が可能になるのか、といったシミュレーションも実施され、既に達成しているDCもあります。
しかし、現状日本に建設中のDCは、GAFAの要望するような通信速度やスペックが最新のものではありません。日本のDC業者は、「PUE 1.18は達成できている。1.1以下に下げても採算が合わない」といった点から、「カーボンニュートラルを達成するのは2040年」と平気で口にしているようです。日本データセンター協会の方が、総務省に提出した資料の中で、メガクラウド本社のつぶやきとして、次のようなコメントが記載されていました。
「印西にDCを作り始めたが、土地は高いし、電気は高いし、工期は時間かかるし(中略)インドネシアの方が良いんじゃない、ケーブル引けば日本へのサービスできる。」*5
日本全国に、先進の機能が搭載されないDCをいくら建設しても、将来に価値を提供していけるとは思えません。ちなみに、「PUE 1.18」とは、ある日本におけるDCのPUE平均値のことです。
【図表1】データセンターのビジネス全体
(出所)資料を基に当社作成
次世代のDCは、以下図2のように、目的に応じてコンピューティング技術を組み合わせて導入されます。現在、我々が使う従来型のコンピュータは、ロジックや演算処理に強いものですが、話題になっている量子コンピュータは、特定の問題を解くのが得意で、将来的にも共存していきます。更に、現在、研究が進んでいる人間の「脳型コンピュータ(ニューロモーフィック)」といった先進的な光コンピューティング技術も開発され、今後は、多くのところで導入されていく予定です。
これまで日本は「富岳(ふがく)」などの演算スピードで、コンピューティング技術を評価してきました。しかし、膨大な計算を必要とする高度なAI処理では、米国のNVIDIA(エヌビディア)がGPU(Graphics Processing Unit)というプロセッサとスーパーコンピュータを組み合わせ、更に量子アニーリング(最も良い組み合わせを選ぶことに特化した量子アルゴリズムの1つ)を使った最適化などの技術も追加し、日本とは異なる仕様のDCが実装されています。
【図表2】次世代コンピューティング技術
(出所)資料を基に当社作成
日本勢は現在、後れをとってはいるものの、東芝が量子通信といわれるセキュリティ分野で世界の先端を走っており、量子コンピュータも富士通が理化学研究所と実用に向けて動いています*6。
今後、日本がDCビジネスで生き残るためには、機能特化型のDCであると筆者は考えます。例えば、自動車の自動運転用エッジコンピューティングや、更には、医療・病院専用のクラウドとセキュリティ機能を向上させた量子通信を組み合わせたサーバを搭載したDCです。工作機械、半導体製造装置など日本の強みである産業も、今後は機能単体だけでなく、通信、セキュリティ、自動化などが求められるようになり、特定機能を備えたDCが必要になります。そのためには、ソフトウェア(SW)・アルゴリズム領域も重要です。幸い、日本にはグローバルに戦えるblueqat、Fixstarsといったスタートアップ企業もあります。
日本の企業は、自動車などのハードウェアに電気や電子、ソフトウェアを統合するような開発が得意なため、次世代コンピューティング技術を統合し、目的別に特化したDCを作るといったことは、まだまだ世界に通用すると考えます。正に、デジタルツインと呼ばれるサイバースペース(コンピュータやネットワーク上に作られた空間)と、現実空間を組み合わせて統合することが得意です。この分野に関しては、欧米でも開発途上の領域であり、地方に設立されるDCにこのような特化した機能を持たせることにより、岸田政権の目指す「デジタル田園都市国家構想」の可能性が十分あるといえるでしょう。
※本稿は、三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」2022年8月31日に掲載したものです。
【参考資料】
*2 Global datacenter construction market
*3 “Which Countries Have The Most Data Center?” statista,
*4 Google Environmental Report
*5 総務省「インターネットトラヒック研究会」(第5回)配布資料 資料5-2「特定非営利活動法人日本データセンター協会提出資料」
*6 「国産量子計算機 実用化へ」、日本経済新聞、2022年8月23日