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政権交代:日本の家族政策と「子ども手当」

2010/02/01
岩名 礼介

日本の貧しい家族政策

 「子ども手当」は民主党の政権公約における目玉である。大きな視点でみれば、少子化対策について積極的な姿勢を明確に示すものであり、ほとんどの子どものいる世帯にとってはプラス材料である。ただ、一方で、扶養控除を廃止することによる実質的な増税が、子ども手当分を一定程度相殺するのではないかといった懸念も含め、その効果に関する検証と議論は今後も続くだろう。それでもこの政策が、広く国民に支持されているのは事実であり、その背景には、従来の日本の家族政策の貧困があると考えよいだろう。
 日本の少子化対策に関する社会保障関連給付は、家計に対する直接給付なのか社会基盤整備なのかを問わず、絶対的に不足しているといわれている。日本では、家族間扶養(親を大事にする文化というよりは、多世代同居による扶養機能の分業)が強く機能していたこともあり、伝統的に家族政策が乏しいといわれてきた。
 日本の社会保障給付費に占める高齢者関連給付の割合は69.5%(63兆円)に達している一方、家族給付(児童関連・出産等を含む)の比率は、わずか3.4%である(平成19年度)(注1)。国際的に比較しても、家族給付の対GDP比は、日本が0.7%に対して、デンマークで4.0%、オーストラリアで3.3%、イギリスで2.9%、ドイツで1.9%であり、OECD加盟国の中では、韓国、アメリカについで低い水準にある(注2)。日本の少子化対策は、政権交代によって新しい局面に入るが、国際的にみれば、先進国のほぼ最後尾から再出発するというような状況にある。

家族政策を補完してきた企業福祉の減退

 少子化対策を取り巻く状況を考える際には、「公的な家族政策」の乏しさに加え、民間レベルでの環境変化にも目を配る必要がある。民間企業に勤める子どもをもつ世帯の家計環境は、過去20年間で徐々に悪化している。景況による給与の減少はいうまでもないことであるが、企業福祉の減退がこれに拍車をかけている。
 日本の家族給付の貧弱さは、民間企業の福利厚生によって長く補填されてきた。一般的に民間企業は、従業員に対して、通常の給与・賞与とは別に住宅手当・家族給付を提供してきた(注3)。手当分の費用は税務上、控除されること、従業員の帰属意識の維持に効果があるなど、企業にとってもメリットのある方策として、多くの企業が採用してきた。公的な家族政策に乏しい日本社会において、民間企業が家族政策を代行してきたといってもよいだろう(注4)。ところが、「失われた十年」以降の景気の悪化や企業の経営環境・雇用慣行の変化などから、徐々にこうした福利厚生が企業から姿を消している。
 人事院の職種別民間給与実態調査によると、平成6年(1994年)においては、民間企業の91.7%で家族手当(扶養手当)が給付されていたが、平成21年度には、80.9%にまで減少している(注5)。また、住宅手当は、平成6年で60.3%であったが、平成21年調査では50.7%にまで減少している。長年にわたって公的な家族給付の不在を補填してきた、企業福祉がその任から降りつつあるということである。本来、民間企業には、家族給付を行わなければならない法的根拠がない。したがってこれを「企業の責任放棄」というのは適切ではないだろう。

「子ども手当」とモラルハザード

 このことは、「子ども手当」が、「公的な家族政策の貧弱さ」を改善するだけでなく、「企業福祉の撤退」を補填する役割まで背負わされる可能性があるということでもある。また、最悪の場合、「子ども手当」の導入によって、企業福祉としての「家族手当」や「住宅手当」からの撤退に拍車がかかる可能性も否定できない。完全に廃止しないまでも、給付額の減額は十分に考えられる。そうなれば、「子ども手当」が導入されても、結果的に家計が受け取る現金の水準には大きな変化がなく、単に財源が民間企業から政府に移行するだけといったことも考えられる。
 最後に、仮に「子ども手当」が満額導入(月額2万6千円)された場合、先に触れた家族給付の対GDP比には、どの程度の影響があるのだろうか。新規に投入される財源は、約3兆1千億円と見込まれている。対GDP比でみれば0.5-0.6ポイント程度の引き上げになる。つまり、「子ども手当」を導入しても、日本の家族給付が欧州並みに達するというわけではないのである。日本の家族政策の背負っている荷物は思った以上に重いのである。


(注1)国立社会保障人口問題研究所「社会保障給付費」データによる。
(注2)この中には、民間企業の法定外福利に関する費用は含まれていない。OECDデータによる。
(注3)児童手当の拠出分もここには含まない。
(注4)逆に考えると、日本の家族給付の低さを補ってきた企業福祉による給付分はOECDによる推計には含まれていないので、対GDP比の0.7%は過少評価であるともいえる。
(注5)平成6年度は、人事院『民間給与の実態』による。平成21年度は、人事院ホームページに掲載のデータに基づいた。

共生・社会政策部
部長
岩名 礼介

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