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変革のパラダイムにどう向き合うか

2011/06/08
梶田 晋吾

 震災から2ヶ月以上が経ち、次第に復興に向けた取り組みが活発化してきた。しかし被害が広範にわたり甚大であるため、これからの長期戦をどのように進めるかは大変重要な課題である。またこれは、今後のこの国のかたちが確実に変わるきっかけともいえる。
 実は、このような変革の兆候は、既にこれまでにも様々な形で表出してきた。主義・思想の衝突や転換、国家の崩壊、金融システムの崩壊・・・緩・急あるいは人災・天災含めて、それまでの前提条件を根本的に覆す事態が連続している。
 ただ、大規模な事故のように高いリスクを伴う事態に対しては、たとえそのような印象が先行しても解決に向けて取り組みを放棄することはできない、「想定外」で片付けられないのが現実である。
 この象徴的な事態が福島原発事故である。筆者は、これまでエネルギーインフラや原子力のテーマを中心に仕組みのあり方や取り組み方を述べてきたが、今回を契機に、あり方とその行く末を根本的、大胆に見直すことが必要であると認識した。事故収束の現実的な対応は急務だが、その先のこれからは、決して容易に導き出されるものではなく、明らかに大きな変革を伴う意識で望む必要がある。その解釈を次の2つの観点から整理した。

 1つは、福島原発事故の状況は震災復興のペースに遅れをとり、いまだに復興ではなく応急措置状態ということである。皮肉にも、今回の事故により原発の仕組みがどのようなものかを広く人々の一般的知識となったが、それでも、停めるにはどうするか、停めた後どうするか、最終的に、事故炉以外の原発はどう扱う必要があるのかといったことが判らず、脱原発のキーワードが使われるようになっている。その全体像や今後の取り扱いについて、十分に知らされていないし、理解を得ていない。即ち、依然として部分的な知識や課題のみの整理に終始している。

 原発も化石系の発電の仕組みと基本原理が共通し、廃棄物が出ること、また廃棄物の始末を最後まで行うことが不可欠であるのは他と同様である。ところが、大きく異なるのが放射能の取り扱いであり、これを安全かつ確実に行うために、相当の時間と手間、技術、コストをかける必要がある。そのため、原発をすぐに停めろと言うのはいかにも簡単に思えるが、現実は決してそうではない。その後の工程を確実に実施するために相当な時間と労力(=コスト)を必要とすることをもっと広く人々の一般的知識に是非加えたい。しかも、それらの取り組みは我が国だけの話ではなく、原発を保有する国の共通テーマであり、これから原発導入を進める国にも通じる不可避なプロセス、いや宿命であることまで認識を深めたい。

 とすれば、足下だけを見て解決策を議論し、取り組みさえすれば良いというものではなく、さらにその先も含め、全体を俯瞰することが必ず必要である。その上でどのように取り組むかを明確にすることは、本来大変重要なはずである。あるいは全体俯瞰から、自らが担う部分の位置づけ、その前後の流れを十分に把握するというのは役割分担論の基本ではないか。今回の事故後の動きや流れは、この全体を俯瞰する機能が完全に欠落したまま推移しているというのが応急状態を脱しきれていない背景である。

 では、どうやって全体を俯瞰するのか。これがもう一つの視点である。事故後2ヶ月が経過した最近になって、事故当時の対策や判断の是非、収束工程の実効性、データの信憑性などの評論や検証が進んでいる。この中には、明らかに連続しないデータ結果に疑念を持たずに分析不可能などというコメントが公表されるなど、目に見え・採用できるもの(データ)のみを信じ、理解できないものを簡単に除外する、あるいは後になってデータを開示するなどの扱いを現場で行われている様子が浮き彫りになってきた。
 現場では、それらを補完するため現場感覚や経験的知見などが発揮されなかったのか。理論ばかりではなく、ベテランと呼ばれる経験者の知恵、経験的に得られる概観・相場観をもっと結集・考慮して検討・対応する局面が必要だったのではないか。

 技術開発やエンジニアの分野では、これまで仕組みを構造化し、個別の要素技術を開発し、それらを体系的に組み立てるというアプローチを機軸に様々なシステムを生み出してきた。しかしこのため、人間が全体を俯瞰することが不可能なほどシステムが巨大化・複雑化してしまい、逆に個々の仕組みや技術・機能に傾注し、全体への配慮や意識が希薄になりがちに陥った。その結果、システム全体が稼動しなくなると全く手も足も出ない、的確な対応や修復ができない、あるいは機能マヒという弊害が生じた。

 全体を概観するといった俯瞰力は感覚的・経験的な作用をも考慮するものであり、数値や理論だけで表現・説明できない要素も加味して的確な判断につなげるというバランス感覚を備えている。
 今回の事故を「想定外=理論値外」として捉えたことが結果的に収束につながっていない点は大変残念であるが、現状はまだまだこれからである。理論的な議論と現場経験者やベテランの経験知がもっと発揮され、融合される機会は今後も不可欠であり、この視点の先には、これまで作り上げてきたものを確実に次に継承するという意識や解決に向けた取り組みにも通じるものである。送り手・受け手双方の意識を共有し、そのバランスのとれた運用がこれからの変革のパラダイムに向き合う姿勢として求められる。

研究開発第2部(大阪)
主任研究員
梶田 晋吾

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