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国民皆保険50周年とアジアの社会保障構築支援

2011/07/13
岩名 礼介

アジアで広がる社会保障構築

 1961年に医療・年金の国民皆保険を達成して今年で50周年を迎えた。日本人にとっては、課題ばかりの医療保険・年金保険だが、アジア諸国からみた日本の社会保障(特に、皆保険達成という成果)は、アジア諸国の一種の最終目標地点であり、1961年という年は社会保障において象徴的な年であるといってもよい。
 アジア諸国は1990年代の経済成長を受け、徐々に近代的な社会保障整備を進めてきた。フィリピンでは1995年に国民医療保険法が成立し、ベトナムも 1992年から民間事業者向けの公的医療保険がスタートした。タイは2002年に医療の国民皆保障を達成するなど大きな前進が見られた。
 いずれの国においても、社会保険の適用は雇用契約が結ばれた給与所得者、いわゆるフォーマルセクターから展開しており、最終的には全国民に普遍的な適用を展開するといういわゆる「UC:Universal Coverage」が政策課題となっている。したがって、最後に残された農村部への適用拡大をどのように実現するかといった点は、農村型社会のアジア諸国では、共通の「残された課題」となっている。
 こうした適用拡大の歴史は、日本も例外ではなく、民間企業の従業員を対象とした健康保険の創設が1927年、農村漁村を対象とした国民健康保険が1938年に発足し、その後、適用拡大が進み、1961年には、医療保険・年金保険の全国民への適用が完了した。こうした農業社会が主流を占める親和性の高い日本社会の経験は、アジア諸国からみれば、「経験の宝庫」であるといえる。

日本の取り組み

 厚生労働省は、1997年の橋本龍太郎首相(当時)による「橋本イニシアティブ」以来、特にASEAN+3(アセアン・プラススリー)の枠組みの中で、保健分野や社会福祉分野における援助を拡大し、これらの取り組みが、「ASEAN日本社会保障ハイレベル会合」や、「ASEAN+3社会福祉・保健大臣会合」等の定期的な開催につながっている。
一方で、援助実施機関であるJICA(国際協力機構)は「MDGs」*1や「人間の安全保障」の概念から、近年、社会保障分野での活動を活発化させつつあり、具体的な技術協力は今後、増加していくものと見られる。
 ただし、日本は、農業社会から産業社会への移行という点でアジア諸国と親和性が高いものの、医療保険や年金保険の制度構造の点からは相違点が多く、むし ろ、欧米諸国に親和性が高いとすら言える。日本の制度をそのままアジア諸国に技術移転するという考え方は通用しない。それでも、日本がアジア諸国から社会 保障分野の援助に関して、決して小さいとはいえない期待を受けているとすれば、それは、文化・社会の類似性である。社会保障制度の「形」が、国民の価値観を反映させたものであるということを考えれば、アジア諸国が、欧米よりも日本により親近感を感じるのは自然なことである。
 アジア諸国では、財政的には、日本の1960年代のような高度成長を期待できないことから、費用抑制的な環境の中で社会保障制度を構築していくため、上モノとしての社会保険や公的扶助だけでなく、受け皿となる地域のボランティアや資源を有効に活用していくことが、特に介護や医療の分野では不可欠といわれている。地方の都市化に伴い、地域の活力が低下していくのは、アジア諸国でも同様であり、こうした状況への対応がアジア諸国の広い意味での社会保障構築に重要な意味を持つだろう。日本で現在、検討が進められている「地域包括ケア」など、高齢者問題への取り組みは、状況が異なるとはいえ、地域資源の効率的・効果的な活用という観点から、参考になる部分は少なくない。

日本側リソースの充実が鍵

 今後、アジア諸国の社会保障制度の構築支援に対する要請は増加することが予想されるが、日本側のリソースの開発をどこまで進められるかという点がポイントになる。人的なリソースは当然のことながら、日本の過去の経験に関する資料や文献などの英文による整備は、援助案件の形成のための政策対話を進める上でも情報基盤として不可欠である(この点は、欧米に比べ大きく水をあけられている)。
 すでに触れたように社会保障支援においては、直接的な「制度の移植」は非現実的であり、むしろ、「日本の失敗を伝える」ことが非常に歓迎される。過去の失敗を、整理し、的確に伝達することも、社会保障支援のための準備としては重要なことである。

※1:MDGs(ミレニアム開発目標:Millennium Development Goals)とは、2000年に国連ミレニアムサミットにて採択された国際的な開発目標。貧困・飢餓の撲滅や基礎教育の支援など8項目にわたる政策目標が設定された。社会保障は、直接的に言及されていないものの、これらの開発目標を達成するための手段として重要な意味を持っている。

共生・社会政策部
部長
岩名 礼介

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