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今後20年を睨みつつ、2018-2020年頃を主要な改革期間とする「エネルギー基本計画」が、2014年4月に閣議決定された。原子力発電を巡る混乱が続く中、基本計画は必ずしも決着までの道のりを描ききってはいない。本稿はその後編として、最近の原発政策を巡る論争の展開を概観したうえで、最新のエネルギー基本計画を読み解き、電気事業を中心に今後のエネルギー政策を展望・総括する。
2013年12月、エネルギー基本計画の改定素案にあたる「エネルギー基本計画に対する意見(案)」が公表された。注目されたのは原発政策である。民主党政権下の第2回改定で、2030年までに「新増設(少なくとも14基以上)及び設備利用率の引き上げ(約90%)」(エネ庁2010)と積極推進策が採られていたことに比べると、改定素案の「原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる。」という記載は、推進政策の大幅な後退を示唆している。しかし報道等では、民主党政権末期の「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する。」(エネ環会議2012)との比較の上で、脱原発から推進寄りに政策変更した、との評価が見られた。また改定素案で「(原子力を)エネルギー需給構造の安定性を支える基盤となる重要なベース電源として引き続き活用する」と表現した点、様々なトラブルを抱えている核燃料サイクルについて着実に推進すると繰り返した点に対しても、原発推進姿勢を表すものという批判が起きた。
2014年1月に閣議決定するはずだったエネルギー基本計画だが、募集に応じて約1万9千件ものパブリックコメントが寄せられた(大臣会見2014)こと、2014年2月9日投票の東京都知事選挙の著名立候補者が脱原発を論点に取り上げたことから、社会論争が収束していないことが改めて認識された。2012年衆院選で「原発再稼働の可否については、順次判断し、全ての原発について3年以内の結論を目指す(注1)(自民党2012)。」というマニフェストを打ち出し大勝したはずの自民党政権だったが、原発再稼働も既に一年以上に渡り暗礁に乗り上げていることも併せ、慎重にならざるを得なくなっていった。複数の有力政治家が月内の閣議決定に拘らないと発言し、都知事選の成り行きを見守る方針をとったのである。
このような経緯から、都知事選での反原発候補の大敗は、論争にとりあえず区切りをつける契機となった。その約2週間後、パブリックコメント結果とともに改定計画の政府原案が公表された。本文の掲載順は大幅に変更されたが、全体としてはほぼ素案通りであった。問題視された「ベース電源」は「ベースロード電源」と改められ、「発電コストが低廉で、昼夜を問わず安定的に稼働できる電源」という価値中立的・技術的説明が付与された。原発依存度の低減や核燃料サイクルについてはほぼ素案通りとなった。与党は都議選を通じて世論を瀬踏みし、改めてGOサインを出した、と考えてよいだろう。
このように今回のエネルギー基本計画改定は、現政権としては最初の、原発政策に関する社会論争の契機となり、世論が十分に収束していない様子を顕在化した。前政権の国民的議論と比べ、論争が法的位置づけを持っていた点は評価できるものの、追加的に実施された(注2)パブリックコメントでは計画骨子に踏み込むことが期待できないことは予想の範囲内であった。さらに与党議員ですら政府原案作成に十分に関与できなかったという指摘(河野2014)も考慮すると、重要なエネルギー政策の決定に市民が参加・アクセスするルートが、民主主義の正式プロセスの中に残されていないという深刻な問題もまた明らかになったと言えよう。
4月11日に閣議決定された第三次改定計画は、従来同様全方位的に政策を取り上げており、一見しても政策の重点は明らかではない。以下では、民主党政権の第2回改定との差異に注目し、今回改定計画の特徴と展望を整理する。
最大の特徴は、原発の安全性確保し、原発依存度を可能な限り低減させるという方針を明言している点である。本計画が原発再稼働を目指すことを前提とし、脱原発シナリオを事実上想定外としていることは、文脈から言って明らかではある。しかし従来のように、「夢の技術」としての原発の積極拡大政策とは、少なくとも当面、一線を画すことになるのだ。現在の各方面からの反発の大きさを考慮すれば当然のことだが、この期間中に関係者間の緊張関係をより適切なものに育て上げることができれば、健全なエネルギー事業の基盤にもなると期待できる。論争収束の道筋は見えないものの、民主主義国の名にふさわしい、活発な議論が望まれる。
第二の特徴としては、電力完全自由化を中核としたエネルギー関連産業の市場・構造改革と、それに伴う新規参入やイノベーションへの期待が、従来より明確に打ち出された点が挙げられる。既に他業種の大企業が多数、電気事業への参入に意欲を見せているところだが、今回の改定計画はこれに留まらず、より小規模なエネルギー事業者や、ベンチャーを含む関連機器・システムベンダー・周辺サービス事業者の誕生が期待されていると推察される。また海外で古くから電力とガスの両方を取り扱う巨大な総合エネルギー企業が存在することを範として、我が国でも業種の垣根を越えた総合エネルギー企業の創出を目指すことも明記された。これらの再編は、最終的には国内市場をテストベッドとした海外進出をも視野に入れ、輸出支援政策との連携が検討されている。いずれも従来のエネルギー行政には弱かった視点・戦略であり、今後具体的な案件が発生すれば、その都度派生的に新政策が生まれるとも期待される。かつて通信ネットワークの自由化がインターネットの創出につながったように、エネルギーネットワークの自由化にも、イノベーション・プラットフォームとしての機能が期待されているのである。
エネルギー政策には政治的主導力が不可欠であり、今後も各方面との辛抱強い調整が必要である。しかしそれに先立って必要なのは、脱原発までは行かないにせよ、原発を矛盾解消の中核的解決策としない、原発に依存しない政策を前提とした論点の再整理であろう。原発依存時代の論点整理結果から原発だけ抜き取ろうとしても、そこに空いた穴の形に合うのがやはり原発しかないことは自明である。新たなエネルギー需給構造の構築と、新産業の創出は、他の分野と同様、聖域無き自由化によってのみ、もたらされるものなのである。国際競争に勝てる経済社会を国内に再生しようと思うならば、基盤となるエネルギーネットワーク自体が、世界に通じるものでなければならない。エネルギー基本計画の具体化に向けて進んでいる検討が、このような方向で進んでいくことに期待したい。
【参考文献】
エネ庁2010:資源エネルギー庁.エネルギー基本計画.2010年6月.
エネ環会議2012:エネルギー・環境会議.革新的エネルギー・環境戦略.2012年9月14日.
河野2014:河野太郎.エネルギー基本計画に関する党内議論,ブログ ごまめの歯ぎしり.2014年4月4日.入手先<http://www.taro.org/2014/04/post-1465.php>, (参照2014年4月).
自民党2012:自由民主党.政策パンフレット:重点政策2012.2012年12月.
大臣会見2014:茂木敏充.経済産業大臣記者会見.2014年1月7日.入手先<http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed140107j.html>, (参照2014年1月).