経営戦略
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―市民協働による地方創生に向けて「対話」に工夫を―
前編では、対話をアクションに繋げる仕組みの一つとして、アート・オブ・ハーベスティングの取組について紹介した。
しかし、どのような手法にも課題があるように、アート・オブ・ハーベスティングにも乗り越えなければいけない課題は多い。その一例を後編では紹介する。
ハーベスティングをする上で非常に重要であるのが、ハーベスターと呼ばれる人が果たす役割である。例えば、グラフィックファシリテーションでいえば、ハーベスターは対話をグラフィックという形に落とし込む役割を担う人を指し、そこでは、対話を自分の中で整理し、単なる言葉ではなく、グラフィックで表現する技術が求められる。
ただし、ハーベスターの育成の難しさとは、決して絵心の問題ではない。(実際には絵心がなくても十分にグラフィックファシリテーションは可能である。むしろきれいな絵で記録することだけに腐心してしまってはいけない。)ここでいう難しさとは、「公平性」と「恣意性」の適切なバランスを取ることができるハーベスターを育成するということである。
例えば、対話の中で生まれる価値をグラフィックという形で記録する際に、どうしても意見や情報の取捨選択が働いてしまう。一方で、公平性を突き詰めれば、全ての意見を記録することになり、価値を適切に記録することはできない。この2つのバランスを取れるハーベスターをいかに育成するのかが課題の一つであろう。
なお、こうした課題への対応策として、例えばハーベスターを一人に任せるのではなく複数人が務めることで、取りこぼしや偏った記録にならないよう工夫している事例もある。また、恣意性を取り除くことはできないという観点から、記録した内容について参加者と議論し、参加者の意図する内容とは異なる場合に修正するなど、記録者と参加者の双方向のやり取りを初めからプロセスに組み込むことも重要である。そして、この双方向のやり取りを参加者全体が見ている前で行うことにより、参加者全体の間に共通の理解が築かれることも期待できるだろう。
このように、公平性と恣意性のバランスを持ったハーベスターの人材育成に努めつつ、仕組みの面でも工夫するなど、両輪で課題を乗り越えていくことが求められる。
アート・オブ・ハーベスティング は、基本的には新たな価値を生み出すようなテーマと相性が良いといわれている。多様な人が集まり、意見を交換し学びあいながらイノベーションを起こすようなテーマについては積極的な適用が期待される。一方で、対立する意見を調整して合意を形成していく必要があるテーマへの適用についても検討の余地はある。
一見すれば、激しい対立を含むようなテーマについては、アート・オブ・ハーベスティングは適さないという声がある。それは皆で対話を通して価値を見つけて行こうというポジティブな姿勢が求められるアート・オブ・ハーベスティングが、新しい価値を見つけていくのではなく、価値を奪い合うような係争的なテーマへは適さないという指摘である。しかし、実際には、合意形成とは「単なる賛成や反対といった立場ではなくその背景にある利害を見ることで、お互いにとって価値のあるものを見つけていく」という作業であり、その点でアート・オブ・ハーベスティングの取り組みと決して相反するわけではないと考えられる。
また、係争的なテーマについて、対話のなかで参加者が抱く「感情」を扱うことができるアート・オブ・ハーベスティングは、新たな対話や合意形成の手法として重要な役割を果たす可能性がある。一般に、係争的なテーマを議論する際には、どうしても既存の対話では、「感情的な対話」よりも「理性的な対話」が求められるだろう。それは、感情に基づく議論では不必要な対立に陥ることや、そもそも対話が成り立たないと考えられるからである。
しかし、理性的な対話を絶対的なものとして取り扱い、感情を排除することは、感情の背景にある問題を理解・共有する契機を失うことにつながる。例えば、怒りの感情を排除しては、「なぜその人が怒っているのか」その背景まで理解した上で対話を行うことはできない。その背景を議論することで、新しい論点の表出や相手への理解の深化が期待できるのである。また、十分に意見を発言できていない人がいた場合に、その不満のあらわれとして怒りが表出することもあり、議論が公平に行われていることを測る一つの指標にもなりうるだろう(注1)。
こうしたことから、対話のなかで感情を一律に排除するのではなく、取り扱い方をテーマに応じて都度考えていくことが重要だといえる。さらに、上記の通りアート・オブ・ハーベスティングはグラフィックや写真、音楽などの方法を用いて、文字だけでは伝わらない感情も記録することができることから、今後係争的なテーマへの適用についても検討していく余地は十分にあると考えられる。
アート・オブ・ハーベスティングは、対話からより多くの成果を生み出すことに加え、対話を単なる対話に終わらすことなく、アクションにつなげることを目的とした仕掛けである。対話は、自動的にアクションにつながるものではない。アクションに移すためには、「いろいろ議論出来て楽しかった」という一過的な盛り上がりだけに留めるのではなく、対話で得られた価値をしっかりと振り返り、アクションへの移行の方法を検討していくことが求められる。
アート・オブ・ハーベスティング は、対話をアクションに移すためには仕掛けが必要だということを、これまで以上に強調して教えてくれる。「みんなで話しあっても何も解決しない」、だから「話しあっても無駄だ」という考えに立つのではなく、「どうすれば対話をアクションにつなげられるか」について挑戦する、非常に意欲的な取り組みである。もちろんアート・オブ・ハーベスティングで示された工夫に則れば、必ずアクションにつながるというものではない。しかし、対話をアクションにつなげるための不断の取り組みの一つとして、その可能性を検討していく必要があるのではないだろうか。
参考資料