経営戦略
三菱UFJフィナンシャル・グループ一体となっての顧客支援も含めて、他社にはない独自の総合ソリューションをご提供致します。
-「内なる開発」を「外への発展」につなげる-
今年5月上旬にデンマークを訪問する機会を得た。森林・林業分野を専門とする筆者にとって、森林面積の比率が国土の14%程度のデンマークは縁遠い存在だ。バイオマスエネルギーについて研究する場合も、ドイツなどの中欧諸国か、北欧でもフィンランドやスウェーデンといった森林国を対象とすることが多かった。しかし、今回初めてデンマークを訪問して、学ぶことが非常に多く、特に農林水産業や地域の活性化に関心がある方々にはぜひ伝えたいことがあり、本稿の執筆を決意した。
まず、デンマークについて、その特徴を簡単に紹介しておこう。デンマークの人口は550万人でおよそ北海道と同じであり、国土面積は北海道の約半分である。国民一人当たりの国内総生産(GDP)は世界6位であり、高い教育水準と民主主義の浸透で知られ、幸福度は高い。土地は肥沃とは言えないが農業、特に畜産業が盛んで、日本では高品質な豚肉の輸出国として知られる。森林面積の比率は高くないが、木材生産量は350万立方メートル/年もあり、およそ半分がバイオマスエネルギーに利用されている。また、森林は「近自然的」な方法で管理され、コペンハーゲン近郊には気持ちの良いブナ林が広がっている。
エネルギーに着目すると、自然エネルギー市場の発展にまい進する欧州諸国においても、デンマークのユニークさは際立っている。その理由はまず、欧州諸国でも珍しく、原子力発電所を持たないという点にある。また北海油田を有しているが、2035年までに発電・発熱分野で、50年までには輸送部門を含めて、化石燃料ゼロを目指している。これらの点で、自然エネルギーの導入政策はぶれのない姿勢を学ぶことができる[1]。
デンマークで風力発電が盛んであることは、日本でも比較的よく知られている。実際に、2014年の総発電量の40%弱はすでに風力発電由来である。他方、意外に知られていないのは、コジェネレーション(熱電併給、CHPとも言う)の大国でもあるということである。総発電量に占めるコジェネレーションの割合は50%に達し、世界で最も高い割合である[2]。他方、日本ではわずか4.8%と、非常にマイナーな存在であるから、知らない方が多いのもやむを得ないかもしれない。
そして、風力発電は天候によって発電量が変動するが、その変動を吸収する調整電源としてコジェネレーションは機能している[3]。このように大量のコジェネレーション導入を可能にしているのが、巨大な熱貯蔵庫(バッファータンク)としての地域熱供給網であることは、日本ではさらに知られていない。
自由化された北欧の電力市場では、電力のスポット価格は大きく変動し、場合によってはマイナスの価格になる時間帯もある。したがって、風力発電や太陽光発電以外の電源は、このような時間帯に出力を抑制することが求められるが、このような環境下では、エネルギーを発電と発熱に振り分けることができるコジェネレーションはとても有利だ。
デンマークは、こうした地域熱供給や、電力と熱の「統合」の分野でも、世界の先頭を走っている。そのため、こうしたデンマークの先端技術を学ぶプロジェクトが、日本でもスタートしている[4]。
デンマークにおいて、このようなコジェネレーション(地域熱供給)のプラントの燃料は、化石燃料から再生可能なバイオマスや廃棄物等へと移行しつつある(図表1)。すでに述べているように、森林の少ないデンマークにおいては、木質系バイオマスは稀少な資源であり、輸入される場合も少なくない。そのため、麦ワラや家畜糞尿などの農業残渣が、燃料として積極的に使われている。また重要なのは廃棄物で、そもそもデンマークの地域熱供給は廃棄物の焼却処分場として始まり、基本的に多くのコジェネレーション施設が、廃棄物の処理場としての機能を持っている[5]。
このように複数の「地域燃料」を組み合わせて、最適なシステムを組成する高度なエンジニアリングが、デンマークでは実現している。近年では、さらに第4世代と呼ばれる地域熱供給システムでは、配管の温度帯を下げることにより、太陽熱や地熱などの「地域熱源」をそのまま取り込む技術が進化している[6]。生物多様性や生態系サービスを法学的立場から研究してきた及川敬貴氏は、このような地域の自然資源を活用できる状態を「Resourceful」と表現した[7]。馴染みのない英単語であるが、「資源に満ちあふれた」といったニュアンスだろうか。
図表1:デンマークにおける地域熱供給の燃料比率の推移
(出所)Energy Statistics 2013(Danish Energy Agency, 2015)
ところで、日本とデンマークを比較すると、風力はともかく、日照量、地熱、バイオマス、廃棄物といった全ての自然資源は、むしろ日本の方が豊富に存在する。しかし、「資源小国」を自認する日本では、それらは活用されず、資源のまま留まっており、「Resourceful」な状態は達成されていない。その実現のためには、法制度の整備や人材育成、技術開発など、さまざまに行うべきことが残っている[8]。
しかし彼我の差を考える時、その根本の哲学の相違を思わざるを得ない。そして、そのことはすでに100年以上も前に、内村鑑三により指摘されている。
富は有利化されたるエネルギー(力)であります。しかしてエネルギーは太陽の光線にもあります。海の波濤(なみ)にもあります。吹く風にもあります。噴火する火山にもあります。もしこれを利用するを得ますればこれらはみなことごとく富源であります。・・・外(そと)に拡(ひろ)がらんとするよりは内(うち)を開発すべきであります(「デンマルク国の話」内村鑑三(1894)より)[9]。
この内村鑑三の講演は、植民地主義を強める当時の日本の政治状況を憂いて行われたものである。日本は第二次世界大戦での敗戦を経て、平和憲法を制定し戦争を放棄したが、「内なる開発」が不十分であることは、内村の時代と変わらないのではないか。両国の自然エネルギーの状況の差を見れば、そう結論せざるを得ないように思える。
今回のデンマークの視察先の一つに、バイオガスプラントの供給会社があった。その会社はデンマーク国内だけではなく、グローバルにビジネスを展開しているのだが、その本社はユトランド半島西部のだだっ広い農場の隅に位置している。デンマークのバイオガスプラントは、もともとは畜産業を営む農家らが糞尿の処理のために開発したものである。それが洗練され、日本を含めた世界的なマーケットを狙っているという事実は、「内なる開発」がやがて「外への発展」にもつながり得ることの実例であろう。
本稿執筆時点の2015年6月末の日本では、地方創生の実現のために、全ての市町村が「地方版総合戦略」の策定を行っているが、その期限は15年10月であり、「内なる開発」の準備期間としてはあまりに短い。ここはむしろ時間をかけて、デンマークの自然エネルギーの開発の経験に学びながら、「地域燃料」を活用できるResourcefulな状態を達成することを各地で進めるべきではないだろうか。
〔Agrio 2015年7月21日号より転載〕