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我々は今回、公益財団法人日本財団と共同で、「子どもの貧困の放置による経済的影響」を推計した(http://www.nippon-foundation.or.jp/news/articles/2015/71.html)。本稿では、こうした推計を行った意義と意味を紹介したい。
「子どもの貧困」をどう計測するかについては、さまざまな提案がなされているが、その中で「相対的貧困率」が国際比較にも用いられる代表的なものである。相対的貧困率は「貧困線を下回る可処分所得しか得られていない人の割合」で定義されているが、ここで貧困線とは全世帯の可処分所得の中央値の半分で表される(注1)。2012年を例にとると、貧困線は122万円であり、可処分所得がこの122万円に満たない世帯が、相対的貧困世帯に該当する。
子どもの貧困率(相対的貧困世帯に属する子どもの割合)の推移を示したものが図表 1である。子どもの貧困率は、景気変動などの影響を受けて若干の上下を伴いつつも、1980年代からほぼ一貫して上昇傾向にあり、2012年には16.3%に達していることが分かる。これは子どもの6人に1人が貧困状態にあることを示している(注2)。子どもの貧困率の国際比較を行ったものが図表 2である。日本の子どもの貧困率は国際的にみても高い水準であり、かつ日本は過去10年弱の間の貧困率の上昇幅が大きい国であることも指摘できる。
図表 1 子どもの貧困率(相対的貧困率)の推移
(出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」
(注)17歳以下を子どもと定義している。
図表 2 子どもの貧困率の国際比較
図表 3は子どもが属する世帯類型別に進学率や就職率、中退率を整理したものである。世帯類型としては、全世帯、生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭の4類型としている。結果からは、生活保護世帯、児童養護施設、ひとり親家庭といった貧困傾向の強い世帯では、全世帯と比較して全体的に進学率が低く、中学校・高校卒業後就職率や中退率が高い傾向にある。例えば、全世帯の大学等進学率は73.3%だが、児童養護施設の子どもの場合は22.6%にとどまる。もちろん、こうした格差が経済的要因のみに起因するかは明らかではないが、経済的格差が教育格差を生み出すと考えられる傍証のひとつである。
図表 3 経済状況別の進学率・就職率・中退率
全世帯 | 生活保護 世帯 |
児童養護 施設 |
ひとり親 家庭 |
|
---|---|---|---|---|
中学校卒業後就職率 | 0.3% | 2.5% | 2.1% | 0.8% |
高等学校等進学率 | 98.6% | 90.8% | 96.6% | 93.9% |
高等学校等中退率 | 1.7% | 5.3% | – | – |
高校卒業後就職率 | 17.3% | 46.1% | 69.8% | 33.0% |
大学等進学率(専修学校含む) | 73.3% | 32.9% | 22.6% | 41.6% |
(出所)「子供の貧困対策に関する大綱」(2014年8月29日閣議決定)
この結果から、子どもの貧困の解消は、教育機会の格差縮小を通じて将来の経済的格差縮小に寄与することが推察されるが、加えて先行研究によれば、投資的な効果も高い政策だと考えられている。ノーベル経済学賞受賞者でシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授は、「恵まれない境遇にある子どもたちに対する投資は、公平性や社会正義を改善すると同時に、経済的な効率性も高める非常にまれな公共政策である」と結論付けている(注3)。
このように、子どもの貧困対策は貧困状態にある子どものみならず、社会的にも効果の大きな政策であると考えられるが、日本では子どもの貧困がどういった社会的なインパクトを与えているのか包括的に分析したものがなく、子どもの貧困対策の政策的な効果を測定したものも乏しいのが現状である。
今回行った「子どもの貧困の社会的損失推計」は、子どもの貧困を放置することによる経済的影響を包括的に推計した日本で初めての試算である。推計の概要は以下の通りである。
前述の通り、貧困世帯とそうではない世帯では、進学状況や就労状況が異なっている。今回の推計にあたって、子ども期の経済状態によって進学率や就労環境の違いが残る状況(経済状況の違いによって、教育機会の平等が確保されていない状態)を子どもの貧困の「放置」と定義する。また今回の推計では、生活保護世帯・児童養護施設・ひとり親家庭の子どもを貧困状態としている(注4)。
図表 4 子どもの貧困の「放置」の定義
子どもの貧困を放置した場合、貧困によって生じる所得の減少と財政負担の増加を「社会的損失」と定義する。具体的には、子どもの貧困を放置すると、マクロ所得や労働供給が減少すると共に、政府からみると税・社会保険料収入が減少し、社会保障給付が増加することになる。
なお、子どもの貧困を放置すると、治安等への影響や将来の世帯形成、次世代への影響も考えられるが、不確定の要素が大きくなることから、今回の推計ではそれらの影響は計測の対象とはしていない。
図表 5 「社会的損失」の定義
現在の15歳約120万人のうち、貧困世帯(生活保護世帯・児童養護施設・ひとり親家庭)に属する子ども約18万人について、子どもの貧困を放置した場合の社会的損失を推計した。貧困を放置した場合(現状シナリオ)と貧困を改善した場合(改善シナリオ)の生涯を通じた所得の合計値および税・社会保障の純負担額(税・社会保険料の負担額と社会保障給付額の差分)の合計値(64歳までの財政負担額)を推計したものが図表 6である。ここでは、特定の1学年(現在の15歳)のみに着目している。現状シナリオでは、貧困世帯の進学率・就職率等が現状のまま推移すると仮定した。改善シナリオでは海外の研究成果を参照し、貧困世帯の子どもの高校進学率と高校中退率が非貧困世帯に等しくなると共に、大学等進学率(専修学校含む)が22%pt上昇すると仮定した。
結果を見ると、子どもの貧困を放置した場合、生涯を通じて2.9兆円の所得が失わることになる。これを推計対象の子ども一人当たりに換算すると、約1,600万円の生涯所得の減少となり、短時間労働者や無業者を含む生涯所得の平均値が約1億3,000万円であることを考慮すれば、子どもの貧困対策を行うと貧困世帯の子どもの生涯所得が1割強増加すると考えることができる。税・社会保障の純負担額は子どもの貧困の放置によって1.1兆円失われることになり、推計対象の子ども一人当たりに換算すると約600万円の損失となる。
図表 6 子どもの貧困の社会的損失
日本の子どもの貧困対策は、2013年の「子どもの貧困対策の推進に関する法律」の可決、2014年の「子供の貧困対策に関する大綱」の閣議決定、今年10月1日の「子供の未来応援プロジェクト」の発足と、徐々に動き始めているもののまだ緒に就いたばかりである。
諸外国の研究を踏まえると、子どもの貧困対策は公平性や機会の平等を高める政策であると共に、経済的な便益の大きな政策でもあると考えられる。政府・研究者・実務家が連携し、学術的な根拠の蓄積と実践を重層的に進める事によって、日本における子どもの貧困対策を積極的かつ着実に推進していくことが求められる。今回の「子どもの貧困の社会的損失推計」がそうした取り組みの一助となれば幸いである。