経営戦略
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2017年4月1日、中国共産党中央と国務院は「雄安新区」の設立を決定した。雄安新区は、国家レベルの新区として19番目でありながら、国家戦略上は深圳(せん)特区、上海浦東新区と同レベルに位置づけられている。また、習近平国家主席をはじめとする中国最高指導部の肝いりプロジェクトであるにもかかわらず、前触れなく突然発表されたことから、同国内で大きな議論を引き起こした。
本稿では、まず雄安新区の概要を紹介し、その設立の背景について分析する。次に中国の社会経済情勢を踏まえて雄安新区開発の成功要件を考察する。さらに、雄安新区をはじめとする中国の都市開発市場に日本企業が参入する際に留意すべきポイントを指摘する。
雄安新区は河北省雄県、容城県、安新県3県および一部周辺地域から構成され、北京市および天津市までの直線距離はいずれも100km程度となっている。雄県、容城県、安新県3県はもともと河北省保定市の管轄下にある県であり、2016年の県内総生産額が3県合計で約200億元(注1)という低開発地域である。
中国の国営通信社である新華社によれば、雄安新区の開発面積は、初期で約100km2、中期で約200km2、長期で約2,000km2と計画されている。雄安新区の開発マスタープランは策定中であるが、雄安新区と北京を結ぶ高速鉄道は既に2017年7月より運行を始めている。
図表 雄安新区の概要
地理的範囲 | 河北省雄県、容城県、安新県3県および一部周辺地域 |
---|---|
経済規模(2016年時点) | 雄県:101.14億元、容城県:40.01億元、安新県:59.4億元 |
開発面積 | 初期:約100km2 中期:約200km2 長期:約2,000km2 |
計画人口(長期) | 200~250万人 |
資料)公開情報より筆者作成
現地メディアの報道によれば、中国政府が雄安新区を設立した最大の目的は北京市の非首都機能(注2)の移転である。その背景として、北京市、天津市、河北省(以下、京津冀(けいしんき)地域)の広域経済圏の構築にあたって河北省の発展が相対的に遅れていることが考えられる。
「京津冀協同発展計画綱要」では、京津冀地域の一体的開発、すなわち広域経済圏の構築は国家戦略として位置づけられている。しかし同戦略の遂行にあたっては、京津冀地域における地域間格差をどのように是正するかが重要な課題となる。河北省における1人あたりGDPは北京市および天津市のそれを大きく下回っているだけでなく、その状態が長期化かつ深刻化している。そこで非首都機能を河北省の雄安新区に移転させることで京津冀地域内の役割分担を新たに構築すると同時に河北省における産業構造のアップグレードを促進することが期待される。
図表 京津冀地域における1人あたりGDP
資料)中国国家統計局の公表データより筆者作成
図表 京津冀地域における産業構成
第1次産業 | 第2次産業 | 第3次産業 | |
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北京市 | 0.61% | 19.74% | 79.65% |
天津市 | 1.26% | 46.58% | 52.15% |
河北省 | 11.54% | 48.27% | 40.19% |
資料)中国国家統計局が公表した2015年の地域別・産業別増加値に基づき筆者作成
中国は約30年間にわたる高度経済成長を遂げてきたが、経済発展を優先するあまり地域間格差をもたらしている。その結果、北京市、上海市、広州市や深圳市など沿海地域の大都市への人口集中が顕著である。こうした過度な人口集中は交通渋滞、不動産価格の高騰や大気汚染等の都市問題の発生要因ともなっている。
中国の首都として、北京市は政治の中心だけでなく、経済、教育や文化など様々な分野においても全国屈指の高い水準にあるため、地方からの人口流入に対する厳しい制限があるにもかかわらず、人口規模は計画を大きく上回るスピードで拡大しつづけている。北京市政府は、北京市総合計画(2004年~2020年)(注3)において、2020年の北京市人口規模を1,800万人以内に抑えることを目標とした。しかし実態としては、北京市の総人口は2009年時点で既に1,860万人に達しており、2016年には約2,173万人となっている。これを受け、北京市政府は2020年の人口規模目標を2,300万人以内(注4)へ上方修正を余儀なくされた。
雄安新区への非首都機能の移転に伴い、関連就業人口の北京市外への転出が実現すれば、北京市の人口規模の抑制だけでなく、過度な人口集中に起因する都市問題の緩和ないし解消にもつながる。こうした中国政府の思惑が現地メディアの関連報道からうかがえる。
中国におけるこれまでの都市開発はほとんどの場合、環境への配慮が不十分であるといえる。その反省のためか、2000年代以降、エコシティの建設を目指す中国の都市が急増している。2010年代に入ると、ビッグデータの流行と相まってビッグデータ関連技術を活用したスマートシティの建設が中国でブームになっている。2017年現在、中国の国家スマートシティモデル事業に認定された都市だけで290にのぼる。
エコシティとスマートシティは、概念がやや異なるものの、持続可能性の理念を取り入れていることが共通している。持続可能性という言葉は中国の都市開発において市民権を得ているが、エコシティやスマートシティ開発の成功事例がほとんどないことから、同国における持続可能な都市発展が実現されているとは言いにくい。
雄安新区の開発は持続可能な都市発展を模索するための新たな一歩であるといえる。同新区の開発に向けて、中国政府は持続可能性の理念を取り入れ、エコ&スマートな都市建設を重点ミッションの1つとして位置づけている。また、世界最先端のスマートシティを建設するため、初期段階の対象区域におけるマスタープランの策定業務を世界に向けて公募している。さらに、PPP方式の導入により民間の資金やノウハウの積極的な活用を図ろうとしている。もし開発が成功すれば、雄安新区は中国における持続可能な都市発展のモデルとなりうる。
約30年間の高度経済成長を続いた中国は、ニューノーマル(新常態)(注5)という言葉が表すように、従来と異なる経済発展のフェーズに入っている。国際通貨基金(IMF)によれば、中国におけるGDP成長率は2017年から2019年にかけて6%台を維持するものの、2020年より5%台まで減速すると予測されている。
新しいフェーズでは、中国政府は経済発展の量よりも質を重視する方針を打ち出しており、「中速」の経済成長を維持しつつ、サプライサイド構造改革をはじめとする経済構造の転換を図ろうとしている。2017年上半期の中国経済は概ね安定的に推移しているが、不動産市場が再び過熱化している。今後、いかに構造改革の更なる深化を推進すると同時に景気維持を図るかが課題となる。
図表 中国におけるGDP成長率
資料)IMF “World Economic Outlook (April 2007)”
UBS証券のレポートによると、雄安新区における社会固定資産投資は今後20年間で4兆元(約66兆円)に達すると予想されている(注6)。これはリーマンショック後の2009年に中国政府が景気回復のために打ち出した4兆元の財政出動に相当する規模である。雄安新区の開発は民間投資を活用し、かつ長期にわたって投資を継続するため、中国経済の安定成長の下支えとなる可能性もある。
雄安新区の対象地域は低開発地域であるため、用地取得コストを抑えることができる一方、ほとんどのインフラをゼロから整備する必要がある。こうした中、雄安新区を「千年の大計」(注7)に値する都市まで成長させるためには、長期にわたって継続的に資源投入することが求められる。また、政府主導の事業でもあるため、戦略的一貫性の維持は成否を左右する重要なポイントとなる。
投機マネーの流入を防ぐため、中国政府は雄安新区の設立決定とともに同区における不動産取引を禁止する措置を取った。このため雄安新区の開発は行政による強力な介入のもとで行われているといえる。こうした行政介入は開発コストを抑えるメリットがあるが、長期化すれば市場経済活動の抑制による弊害が顕在化する可能性があるため、出口戦略の早期検討が必要である。
中国では、いわゆる「一人っ子政策」の影響により、総人口は2030年頃にピークを迎えると予想されている。一方、労働年齢人口(15~59歳)は既に2011年をピークに減少傾向に転じている。中国政府は2016年に一人っ子政策を廃止したが、男女比のアンバランス、晩婚化や子育てコストの高騰等の影響で出生率を人口置換水準まで回復させることが困難と考えられる。加えて今後は経済の「低速」発展が長期にわたって継続すると予想される中、従来と異なる経済・人口動向を踏まえて雄安新区の将来像を設計することが非常に重要である。
雄安新区開発の初期段階では、住民の大半は北京市から転出した企業や団体等の従業員とその家族であると予想される中、北京市で住宅を購入した世帯や子育て世帯が相当数いると思われる。これらの人を定住させるためにはハードインフラの整備のみでは不十分であり、公営住宅への優先入居制度、保有不動産の一括借り上げ制度、不動産所有権の等価交換制度や、全国トップ水準の教育、医療や娯楽等のソフトインフラを合わせて整備する必要がある。
大都市への人口集中は世界的にみられる現象であり、人々がよりよい雇用や教育の機会を求める結果である。このため、地方都市の経済をはじめとする生活環境の底上げを図らなければ、雄安新区の開発は大都市問題の解決モデルになることなく、もう1つのメガシティを作り上げたことに終わりかねない。
雄安新区に代表されるように、中国における都市開発事業は政府主導のものが非常に多く、トップダウン型意思決定プロセスで決められる場合が多い。その背景には、中国における共産党や政府幹部の人事評価体系が都市開発事業の意思決定に大きく影響していることがある。
中国では共産党や政府幹部昇進を決める際、「政績」とよばれる人事考課結果が重要な判断材料である。「政績」の評価体系はこれまで最もGDPの成長を重視してきたこともあり、在任中に目に見える成績を残すために大規模なインフラ整備や都市開発を推進する幹部が非常に多い。
近年、環境保護、社会福祉やイノベーション能力等も重視するなど「政績」の評価体系の見直しが行われているが、「ニューノーマル」期においても経済的指標が重要な評価指標であることに変わりがない。このため、都市開発事業を推進する際、先進的な理念・ビジョンや技術の適用はもちろんのこと、地域経済への貢献度の見える化も不可欠である。日本企業は市場参入の際はこうした特徴をふまえた進出戦略の構築が重要である。
欧米企業をはじめとする外資系企業との競合が多いことに加え、中国企業の競争力が向上している中、市場参入を成功裏に収めるためには、技術力や品質の高さだけでなく、現地の文化、慣習や経済状況等も考慮し、市場ニーズに応じた商品・サービスを提供することが求められる。
例えば多くの日系介護事業者は中国における高齢化率の向上をビジネスチャンスとしてとらえ、中国の介護市場に進出している。日系介護事業者は先に高齢社会を迎えた日本市場において蓄積してきたノウハウがあり、中国市場への参入にあたって優位性を持つものと考えられていた。しかし、中国市場のニーズを十分に把握することなく日本の介護サービスをそのまま現地で展開しているため、入居者の確保に苦戦し、赤字経営を強いられる事業者が多い。このため、商品やサービスがいいから売れるという考え方を改め、市場目線から自社商品やサービスを評価し直すことが求められる。
近年、日本政府は成長戦略の1つとして、新興国をはじめとする都市開発需要の高い海外市場の取り込みに注力している。その際、官民連携によるオールジャパン体制のもと、パッケージでの提案を相手国に行うことが重要視されている。オールジャパン体制は、交渉力を高めることと、都市開発事業の構想段階から参入してより多くの日本企業にビジネスチャンスを与えることにおいて非常に重要な意味を持つが、以下の点において限界がある。
まず、オールジャパン体制での提案は現地ニーズに合致しない可能性もある。この場合、他国政府や企業との連携も視野に入れるべきである。また、中国では外資系企業の参入が制限又は禁止されている分野があるため、現地パートナーの獲得が欠かせない場合がある。さらに、政治リスクのヘッジという観点からも現地や他国企業との連携は重要である。