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~「高校生と地域」をめぐる新潮流(2)~
本シリーズ「『高校生と地域』をめぐる新潮流」では、現在、教育政策、地域政策など、多様な観点からの注目が高まっている「高校生と地域社会との関わり」の実態及び求められる方向性について、様々な事例や調査データを通して考察を深めていきたい。第2回となる本稿では、高校生と関わる地域の「大人」に焦点を当て、そのあり方を概観する。
平成30年6月15日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」。同方針の中では地方創生の実現に向けて「高校生」に対する期待が様々な施策にちりばめられている。
同方針では施策推進分野が5つあるが、このうち実に3つの柱において「高校生」に対する期待とそのための施策が明記されている。具体的には、図表1に記載した通りであるが、端的に整理すると「地方・農山漁村に対する理解(地方移住の基礎形成)」「地域経済を支える事業創出」「地方への移住の実行(地方留学)」「地域課題の解決」といった地方創生の様々な重要側面を高校生に託しているのである。
本シリーズ第1稿「なぜ、いま「高校生と地域」が注目されるのか(前編)」でも紹介した通り、これまで地域と縁遠い存在であった高校、高校生。その高校、高校生にかつてないほど「地方創生の牽引役」としての期待が集まっているわけであるが、時を同じくして策定された「経済財政運営と改革の基本方針2018」(いわゆる骨太の方針)においても「地域振興の核としての高等学校の機能強化」と明記されるなど、地域における高校、高校生に対する国の期待は地方創生だけでなく、経済・財政全般にまで広がっている。
図表1 まち・ひと・しごと創生基本方針2018における「高校生」関連記述(抜粋)
注釈)太字・下線は筆者加筆
出典)「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」
(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/info/pdf/h30-06-15-kihonhousin2018hontai.pdf)
図表1の中には「地域の関係者」「地元市町村・企業と連携しながら」といったフレーズがみられることからもわかるように、高校生が地方創生に力を発揮するために、地域の大人たちが協力・協働し、環境づくりをする必要があることは理解に難くない。
では具体的にこれらの施策を推進し、成果をあげていくにあたり、現状の地域の「大人たち」のあり方は必要十分なのであろうか。
それを検証するため、実際に地域の大人たちと連携・協働しながら、高校生が主体的に地方創生に資する取組を展開する具体例である、一般社団法人未来の大人応援プロジェクト(注1)が推進する「SBP(Social Business Project)」から関連情報を分析してみたい。
SBPを同法人は「地域の課題をビジネスの手法を用いて解決していこうという取り組みです。具体的には高校生が地域資源(ひと、モノ、自然、歴史、名所旧跡、産業等)と交流し、見直し、活用して“まちづくり”や“ビジネス”を提案していく、そしてその取組を地域で応援し支えていこうというものです。」と定義しており、高校生の取組を地域(の大人たち)が応援していくという枠組みを提示している。
文部科学省も教育再生実行会議第十次提言(平成29年6月)において「国、地方公共団体は、民間企業・NPO 等との連携の下、地域の教育力を向上させていくための一つの方策として、高校生らがビジネスの手法等を学び、地域の大人とともに地域課題を解決する取組等を促進、支援する。」と明記されたことなどを踏まえ、その主旨を体現するSBPの活動を支援するべく、平成29年度から同法人主催の「全国高校生SBP交流フェア」も共催している(図表2)。
図表2 文部科学省「地域ビジネス創出事業」の概要
資料)文部科学省ウェブサイト
また、SBPの取組が実際にどのような成果・効果をもたらしているかについて調査・分析するため、平成29年度に「若者の学びを生かした地域ビジネス創出推進の在り方に関する調査研究」を実施し、その結果を公表(注2)しているが、この中に高校生と地域の「大人たち」に関する興味深い結果が示されている。
同報告書概要版の10ページには、SBPの活動を通じて得たことによる影響を整理している。SBPを通じて得たこととして「信頼できる地域の大人ができた」割合は約2割存在するが、その2割の生徒たちはSBPを通じて自身が「成長している」と自己肯定的に回答する割合が6割以上と、信頼できる地域の大人ができていない生徒の4割未満との大きな違いが示され、高校生と信頼できる大人たちとの関係性が、生徒の成長に寄与した可能性がうかがえる(図表3)。
図表3 SBPの成果・効果の認識 ~SBPを通じて得たことによる影響~
資料)文部科学省「地域政策等に関する調査研究について」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1384317_8.pdf
また、高校生と信頼できる大人たちとの関係性の効果に関しては、弊社が2018年2月に現役高校生及び20歳以下の高校既卒者に対して実施した実態調査において、「将来的にこの市区町村で暮らしたい」と回答した者の割合は、高校時代における地域社会や地域の大人との関係性が深いほど高い傾向が見出されている(注3)。
このように、高校生と地域の大人達が信頼でつながれた深い関係を構築していくことは、高校生の成長実感につながるばかりでなく、成長させてくれた地域に対しても貢献意識が高まるという相乗効果をもたらす可能性が示唆されているのである。
前述の通り、高校生と地域の大人たちの深い関係は、高校生の成長と地方創生の推進の両側面において効果を発揮する可能性が示唆されたが、実際に高校生と地域の大人たちはどの程度深い関係性を持てているのであろうか。
弊社が2018年2月に実施した前述の実態調査では、高校生等に対して地域社会の大人との関係性も問うているが、これによると「信頼できる地域の大人がいる」と回答した割合は「あてはまる」が6.8%、「ややあてはまる」をあわせても3割に届かない水準に留まっている。「尊敬できる大人」「本音・本気で接してくれる大人」に関しても概ね同様の割合であることがわかっている(図表4)。
さらに、高校において、学校の先生以外の地域の大人と交流・議論する機会を持てている(持てていた)生徒はわずか2割に満たないという実態が明らかになっており、その存在感、機会ともに高校生と地域の大人たちの関係性は疎遠であると言わざるを得ない状況にある(図表5)。
図表4 教員や地域社会の大人との関係性
図表5 高校での、地域社会や大人と関わる様々な機会の有無
資料)弊社「高校生と地域社会との関わりに係る実態調査(結果速報)」
ここまで見てきた通り、新たな潮流となりつつある高校・高校生を牽引役とした地方創生の推進を具体的な形にしていくためには、それを取り巻く地域の大人たちの存在が効果を高めることが示唆されていつつも、高校生と大人たちの関係性はまだまだ疎遠である実態が明らかとなった。
本稿の最後に、この現状を改善していくために、どのようなアプローチが地域の大人たちに求められるかを考えたい。
まず、第一に地域の「大人たち」自身が行動・変化する必要があるという自覚を持つことである。
国の政策である地方創生の文脈において高校や高校生への期待が高まると、高等学校におけるカリキュラムの改革、地域課題解決型学習の効果的な方法論など、大人たちは高校生に対する教育手法論の創出・改善にそのエネルギーを注ぎたくなるものである。
しかし、これまでの大人の地域理解、地域産業の育成、移住を含めた人口動態の結果が、今日「地方創生」が必要とされ、また達成できていないとされる現況を生んでいる以上、その地域の大人たちがそのままで、単に教育手法を変化させるだけで目標が達成されるというのはいささかご都合主義と言わざるを得ない。
前述の文部科学省の調査研究では、SBPに参加した大人たちの変化についても有識者のコメントが整理されている(図表6)が、その内容をみるとSBPに関わった教員、地域の大人たちの自覚の変化が感動や楽しみなどの感情とともに生々しく語られている。高校生に自身の成長と地方創生の実現を託す以上、大人たち自身も自ら変化・成長し続けることを受容し、時には楽しみながら高校生と協働していく姿勢が第一に求められることかもしれない。
図表6 SBPの実践に伴う教員、地域の大人への好影響
資料)文部科学省「地域政策等に関する調査研究について」
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1384317_7.pdf
もう一つは、高校生と地域の大人たちが出会い、交流し、協働するための「場」をデザインしていくことである。前述のように、「地域の関係者」「地元市町村・企業と連携しながら」と政府がかけ声をかけても、実態として5人に1人の生徒すら「地域の大人たち」に出会えていない実態を踏まえると、まずは親や先生といった「縦の関係」ではない「ナナメの関係」を作ることのできる機会、場を構築していくことも不可欠である。
高校生をはじめとした地域に暮らす多様な世代が集まる場の作り方については、様々な専門的な知見から事例が紹介されている(注4)ため、そちらに譲りたいが、場づくりに大きな影響を与えそうな国の政策動向を最後に紹介したい。
平成30年6月21日に開催された中央教育審議会生涯学習分科会(第92回)には、公立社会教育施設の所管の在り方に関して論点整理がなされている(注5)。
これまで地域の公民館等の公立社会教育施設は教育委員会の所管とすることが関係法令で定められてきたが、社会教育が地域の社会課題や地域政策とつながりを深くするなかで、地域の様々な政策分野における人的・物的資源、専門知識、ネットワークを社会教育施設に活かせるよう、その所管を教育委員会から首長部局に移管できる特例を設けることが検討されている。
この制度改正が実現すると、例えば、全国に約14,000カ所ある公民館において、これまで主眼が置かれてきた「教育」の文脈に加え、産業振興や移住・定住をはじめとした「地方創生」の文脈を相乗させやすくなり、本稿で論じてきたような高校生による地方創生の推進を実現する場(多世代の交流の場を)としての可能性が広がることも期待される。
本稿で論じている「高校生と地域を巡る新潮流」は、一見すると地域の大人たちが高校生という「他力」に地方創生を託しているようにみえるが、実際には高校生が活きる環境を担える大人がどの程度いるのかという大人たちの「自力」が問われているのかもしれない。