1. ホーム
  2. レポート
  3. レポート・コラム
  4. サーチ・ナウ
  5. 働き方改革によるわが国旅行分野への影響や効果(3)

働き方改革によるわが国旅行分野への影響や効果(3)

旅行分野に生み出される効果とその効果を一層享受するための方向性とは

2020/07/31
観光戦略室 研究員 加藤 千晶、室長/主任研究員 妹尾 康志

前稿では、働き方改革の効果として、観光産業の労働生産性向上について検証したほか、特に、世代別では50代、働き方改革が法律で義務付けられている大企業、効果が出やすいと考えられる第2次産業従事者を中心に労働時間が減少していることを確認した。労働時間の減少は余暇時間の創出につながることをふまえ、本稿では、旅行分野に新たに投入された時間を算出し、それにより生じる旅行消費額の変化を推計して、更なる効果を享受するための方向性について考察を行った。

1. 働き方改革による旅行時間の変化

当社の「働き方・休み方改革の観光への影響に関するアンケート」(令和元(2019)年10月実施)の回答結果から、回答者450人1の休日2における回答者1人あたりの旅行への時間配分変化を算出した。
余暇の過ごし方が多様になってきている昨今、20代ではいずれの旅行種別でも旅行時間が減少しており、増えた余暇時間を旅行以外の時間に費やしている様子が見られるが、30代では国内日帰り旅行、40代では国内日帰り旅行と国内宿泊旅行、50代では国内日帰り旅行と海外旅行、60代では海外旅行に消費される時間が増加している。国内日帰り旅行を中心としつつも、40代では国内宿泊旅行、50代以上では海外旅行と、年齢層が高まるにつれ遠隔地に向けた旅行が増加する傾向がうかがえる。

働き方改革前後における旅行への時間配分変化(休日における1人1日あたり、単位:分)

「働き方改革後の旅行時間―働き方改革前の旅行時間」の平均値(小数点第2位を四捨五入した値)

休日における1人1日あたりの旅行時間変化に、各年齢階級別の年間平均休日日数3と就業者数4を乗じることで、わが国全体での年間旅行時間の変化を試算したところ、国内日帰り旅行が281百万時間増、国内宿泊旅行は56百万時間増、海外旅行が91百万時間増となり、旅行全体では427百万時間増となった。働き方改革によって生み出された余暇時間が旅行に配分され、旅行時間が増加したと考えられる。

働き方改革前後における旅行への時間配分変化(年間・わが国全体、単位:時間)

2. 旅行時間の変化によって生み出される価値

1. で試算した新たに生み出された旅行時間に、一般的な旅行時間あたり消費単価を乗じることで、新たに生み出された旅行消費額(国内分)を試算したところ5、約7,459億円(年間推計値)となった。この額は、我が国の年間日帰り・宿泊旅行消費総額20兆4,834億円(2018年)に対して、およそ3.6%引き上げるほどの効果に相当6している。
旅行種別ごとにみると、国内日帰り旅行では約5,863億円、国内宿泊旅行では約1,596億円であり、国内日帰り旅行において特に効果が出ている。国内宿泊旅行への効果は現時点では小さいが、今後の働き方改革の定着に伴って、宿泊旅行への時間配分が増加していくことで更なる効果拡大を期待できる。

働き方改革により新たに生み出された旅行消費額

※1 観光庁「旅行・観光消費動向調査」(平成30年 年報)
毎分旅行時間単価は、「1回あたり旅行単価÷1回あたり旅行時間」から算出。
1回あたり旅行単価は、観光庁「旅行・観光消費動向調査」(平成30年 年報)より日帰り旅行、宿泊旅行それぞれの単価を把握。(ともに観光・レクリエーション目的の単価を参照)
1回あたり旅行所要時間は、日帰り旅行は8時間、宿泊旅行は「旅行・観光消費動向調査」(平成30年)の国内宿泊旅行(観光・レクリエーション目的)の平均泊数1.64泊をもとに、2.64日(1.64日+1日(移動))×8時間/日(1日の活動時間として日帰り旅行の8時間を活用。今回のアンケート調査では生理的時間と旅行時間を分けているため、旅行期間中も生理的時間と旅行時間を分けている。)と設定。

3. 働き方改革の効果を一層享受するための方向性

以上より、働き方改革による労働時間の削減による余暇時間の増加に伴って、旅行分野に配分される時間も増加しており、それによって、国内日帰り旅行を中心に、既に一定程度の旅行消費増につながっていると推定された。今後、中小企業での働き方改革関連法施行を通じて更なる効果拡大が期待されるが、旅行分野が働き方改革の効果をより一層享受するためにはどのような取組が必要となるのだろうか。本アンケート調査において、旅行する意思がありながらも現状十分に旅行ができていない人に対して、その要因を尋ねた結果から、主な方向性として次の2点を示す。

(1)同行者と休暇を合わせやすくする体系の構築

現在十分に旅行ができていない理由について、国内日帰り旅行、国内宿泊旅行では、「同行者と予定を合わせられない」が最も高い割合を示しており、本人が休暇を取得し旅行に行ける環境にあったとしても、実際の旅行行動につながるかどうかは同行者の休暇取得可否に左右されることがわかる。同行者と休暇を合わせられないがために旅行需要が他の余暇活動に流出・代替してしまうことを防ぐため、休暇の時季指定や早期確定等、同行者と休暇を合わせやすくする体系の構築が求められる。

(2)連続休暇の取得促進

海外旅行が十分できていない理由として「連続休暇の取得が不可能」が最も多く、国内宿泊旅行においても2番目に割合が高い。働き方改革・休み方改革により休暇日数自体が増えたとしても、まとまった休暇の取得が叶わなければ、宿泊を伴う旅行行動に結びつけることは難しく、国内宿泊旅行および海外旅行の消費拡大に向けては連続休暇の取得促進が鍵となる。
ただし、連続休暇取得が促進されることで、海外旅行をするための環境が整うと、国内観光地にとっては、海外観光地との競合が厳しくなる可能性には留意が必要である。

現在十分に旅行ができていない理由

各種旅行について「現在よりも旅行回数を増やしたい」人のみ回答
現在十分に旅行ができていない理由として、「お金に余裕がない」(金銭的理由)を選択した人は、働き方改革によって余暇時間が増加したとしても、余暇時間を旅行に振り分けないため分析対象から除いている。

なお、現在旅行が十分にできていない理由としては、「付与されている有給休暇が少ない」、「有給休暇が取得できていない」も半数以上の人が理由として挙げているが、これらは今後更に働き方改革・休み方改革が推進されることで解消していくことが見込まれる。そのようななかで、旅行分野が消費効果をより獲得していくためには「同行者との予定を合わせられないこと」、「連続休暇の取得が困難であること」の2つのハードルを解消することがより重要である。
したがって、旅行分野への消費効果を高めるためには、働き方改革と合わせて、単なる余暇時間の増加、休暇日数の増加にとどまらない休み方改革の実施が求められる。
特に、国内宿泊旅行の増加に繋げるためには連続休暇の取得推進を目指した取組が有効と考えられる。旅行をする意欲と金銭的余裕はあるものの、硬直的な休みの取り方となっているために、旅行消費に結びつかない層が一定程度存在しているため、柔軟な休暇取得の実現による潜在需要の掘り起こし、機会損失の低減が期待できる。
また、休暇時期の分散化が行われ、ピーク時を外して比較的手ごろな価格で旅行ができるようになれば、更なる旅行需要が生まれる可能性も高いほか、ワーケーション7やブレジャー8といった仕事と旅行を融合させた概念の導入も余暇時間を旅行に振り分けやすくするにあたって有効と考えられる。

1 前稿「働き方改革によるわが国旅行分野への影響や効果(2)」においては、平日の労働時間の変化を把握するため、労働時間が異常に長い方や短い方、派遣社員が正社員になった、育児休暇を取得した等の働き方改革とは異なる理由で労働時間が変化したと考えられる人を効果検証対象から除外したが、本稿では、休日(本調査では労働を行わない日と定義)の余暇時間の変化を把握するため、回答者全てを検証対象とした。
2 本アンケート調査でも、平日(仕事がある日)は、生理的活動(睡眠、入浴、食事等)の他は、仕事・通勤、家事・自宅で過ごす時間が占める割合が高く、余暇時間の配分に変化があった場合も、新たに旅行に配分される時間はほとんどないことが確認できたため、旅行時間の変化は、休日における時間配分の変化で整理することとした。
3 本アンケート調査により把握・推計
4 総務省統計局「国勢調査」(平成27年)のデータを活用
5 海外旅行によって生み出される国内消費額は主として居住地と国内空港・港湾との間での国内移動であり、旅行費用全体に比して小さいことから、試算対象から除外した。
6 本アンケート調査の時点では、働き方改革後半年しか経過していないため、その時点での実効値は半分である。令和元年度第4四半期(令和2年1~3月)には感染症対策のために移動の自粛が幅広く生じたため、実際の令和元年度年間旅行消費額の増分は、結果として推計値よりも低く押さえられてしまった可能性が高いが、数値のわかりやすさから1年間に換算した数値を示した上で、前年の旅行消費総額と比較して引き上げ効果として表示している。
7 休暇中にリゾート地など旅先でリモートワークを行うこと。(workとvacationを合わせた造語)
8 出張に休暇を合わせて、出張先での観光や旅行を行うこと。(businessとleisureを合わせた造語)
公共経営・地域政策部
主任研究員
妹尾 康志

関連レポート

レポート