経営戦略
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排出量算定に関する透明性・正確性向上が必要
昨今の気候変動の原因とされている温室効果ガスは、我々の社会のあらゆる人為的な活動から排出されている。温室効果ガスの排出源やガスとして主に取り上げられるのは、発電所や工場、輸送機関等で使用される石油、石炭、天然ガスといった化石燃料の燃焼に伴って排出される二酸化炭素(CO2)であるが、それ以外の排出源からも無視できない量の温室効果ガスが排出されている。
化石燃料の燃焼以外の排出源としては、化石燃料の採掘や加工、輸送時の排出(燃料からの漏出分野)や、セメントやアンモニアといった鉱物・化学製品の生産ならびに代替フロンの使用等に伴う排出(工業プロセス分野)、家畜の消化管内発酵・ふん尿処理や稲作等の農業活動に伴う排出(農業分野)、ごみの埋立や焼却処理、ならびに排水処理等に伴う排出(廃棄物分野)などがある。2016年における世界全体の温室効果ガス総排出量約451億トン(CO2換算。以下省略)のうち、化石燃料の燃焼以外の排出源から排出された温室効果ガスは全体の約3割、実に約134億トンに上る(図1)。これは、日本における2016年度の総排出量約13億500万トン1の約10倍に相当する量である。
図1 2016年における分野別GHG排出量シェア
出典:CAIT Climate Data Explorer. 2019. Country Greenhouse Gas Emissions. Washington, DC:
World Resources Institute. Available online at: http://cait.wri.org より作成
本稿では、この化石燃料の燃焼以外の排出源のなかでも、総排出量の約5.5%を占める化石燃料の採掘時等に発生する温室効果ガス(燃料からの漏出)に焦点を当て、世界全体における排出状況と主要排出国の動向について見ていくこととする。
「燃料からの漏出」とは、石炭、石油、天然ガスといった化石燃料の採掘・処理・輸送・貯蔵等の各プロセスにおいて、意図的もしくは非意図的に排出される温室効果ガスのことを指す。例えば石炭炭鉱においては炭層中にメタンが含まれており、採掘に伴ってメタンが大気中に排出される。同様に、原油や天然ガスの生産井やパイプライン等からも、地中に埋蔵されていたメタンが漏洩している。また、生産時に随伴するガスを焼却処理する際にも温室効果ガスが発生している。
日本にも石炭炭鉱や石油・天然ガス田は存在するものの、生産規模が小さいこともあり、当該分野からの排出量は約116万トン2と比較的小さい(日本の総排出量の約0.1%程度)。そのため温暖化対策の文脈において注目されることは少ないが、世界全体で見るとその排出量は無視できるものではない。
2016年における燃料からの漏出分野からの世界全体の温室効果ガス排出量は約25億トンであり、日本の温室効果ガス総排出量の約1.9倍に相当する。1990年代は約20億トン程度でほぼ横ばいに推移していたが、2000年代に入ってから増加し始め、2010年代は再び横ばい傾向となっている(図2)。
2016年における燃料からの漏出分野からの排出量上位10カ国は表1のとおりであり、中国、米国、ロシアの順となっている。以降では、この上位3カ国における燃料からの漏出分野の排出実態について詳しく見ていく。
図2 燃料からの漏出分野における温室効果ガス排出量推移
出典:CAIT Climate Data Explorer. 2019. Country Greenhouse Gas Emissions. Washington, DC:
World Resources Institute. Available online at: http://cait.wri.org より作成
表1 燃料からの漏出分野における温室効果ガス排出量上位10か国(2016年)
出典:CAIT Climate Data Explorer. 2019. Country Greenhouse Gas Emissions. Washington, DC:
World Resources Institute. Available online at: http://cait.wri.org より作成
中国における燃料からの漏出分野からの温室効果ガス排出量は、2016年で約7億トン3に達しており、その殆どが石炭採掘に伴うものである。
中国における石炭生産は、急激な経済発展に伴う石炭消費量の増加を賄うため2000年以降に急激に増加し、直近の2019年には約35億トン(1990年比約3.5倍増)4まで達している。上述したとおり、世界全体の燃料からの漏出分野からの排出量は2000年代以降増加しているが、この主な要因は、中国における石炭生産量の増加によるものである。
中国政府は、このメタン排出量の削減のため、2010年に炭鉱由来のメタンの焼却を義務付ける方針を策定した。しかし、衛星データを用いて中国からのメタン排出量を推計した研究によれば、2010年以降も中国からのメタン排出量は減少せずに逆に増加しており、対策が奏功していないとの指摘がなされている(Miller et.al., 20195)。
将来的には、燃料転換等の対策により、中国国内の石炭消費量は減少が見込まれるため、石炭炭鉱由来のメタン排出量が徐々に減少していく可能性が高い。しかし、この排出規模を踏まえれば、炭鉱メタンガスの焼却ないし回収・有効利用といった対策を徹底し、早期に大幅な削減を目指すことが求められる。
中国は、パリ協定の下で気候変動枠組条約に提出した自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution : NDC。いわゆる排出削減目標)において、2030年にGDPあたりCO2排出量を2005年比60~65%削減するという目標を設定している6。しかし、この排出削減目標でカバーされているのはCO2のみであり、ここで述べた燃料からの漏出分野のメタン排出量は対象に含まれていない。また、習近平国家主席は、2020年9月に開催された第75回国連総会の一般討論演説において、中国が2060年までに炭素中立を目指すことを表明したが7、この炭素中立の達成にあたり、メタンの排出量が対象に含まれているかは現時点では明らかになっていない。
パリ協定は、全ての国の参加を念頭に置いた包括的な国際枠組みであるが、排出削減目標の設定が各国の自国決定に委ねられているため、全ての温室効果ガスや排出源をカバーできている訳ではない。この中国における石炭炭鉱由来のメタン排出のように、パリ協定下の各国の排出削減目標の対象外にある排出源の動向についても詳しく注視していく必要があるだろう。
加えて、中国は途上国(気候変動枠組条約の非附属書I国)に属するため、先進国(附属書I国)に比べ、これまで科学的に精緻かつ詳細な温室効果ガス排出量の推計と報告を行う義務を負ってこなかった。それゆえ、中国が気候変動枠組条約に報告している石炭炭鉱由来のメタン排出量は、推計されている対象年が限定されているとともに、方法論や使用データ等が不透明であり、科学的正確性が十分に評価できない。パリ協定の下では、全ての国に共通に適用される新たな報告・審査制度8が構築され、2024年以降中国を含む全ての国が共通の基準にて排出量の報告を行うこととなっている。中国からの将来的な排出量の報告を精査し、より精緻な排出量の推計を求めていくことが重要になるだろう。
燃料からの漏出に関する中国に次ぐ大排出国は米国である。米国が2020年4月に気候変動枠組条約に提出した最新の温室効果ガスインベントリによれば、2018年における排出量は約3.1億トンとなっている9。内訳は、天然ガスの生産に伴う排出が約56%と最も多く、次いで原油(約25%)、石炭(約19%)の順である。
図3 米国における燃料からの漏出分野の温室効果ガス排出量の推移
出典:United States of America. 2020 Common Reporting Format (CRF) Table (UNFCCC)より作成
米国における本分野の排出量は、1990年に比べて約6,800万トン減少している(1990年比約17%減)。減少要因のひとつは、石炭採掘由来の排出量の減少(1990年比約43%減)であり、これは米国における経年的な石炭生産量の減少(1990年比約26%減)や、石炭炭鉱から回収・利用されるメタンの増加に起因する。
もうひとつの減少要因は、天然ガス生産由来の排出量の減少である(1990年比約19%減)。2018年における米国の天然ガス生産量は1990年から約71%も増加しているが、天然ガス生産過程からのメタン排出量は約41%の増加に留まっている。また、天然ガスの輸送・貯蔵、ならびに供給プロセスからのメタン排出量が、それぞれ約41%減、約73%減と大きく減少するなど、メタン漏洩対策の実施等により単位生産量あたりのメタン排出量が減少したことにより、急激な生産増分が相殺されている。
今後も米国における原油・天然ガス生産は伸びていく可能性があるが、上述したようなメタン漏洩対策の進展による排出量の減少トレンドがこのまま継続するかどうかは、次期政権の政策に依存する部分が大きい。2014年にオバマ政権がメタン排出削減戦略を制定し、それに従って米国環境保護庁が2016年に原油・天然ガス生産からのメタン排出を管理する新たな規制を採択したものの、トランプ政権は2019年8月にこの排出規制を撤回した10。一方、民主党のバイデン大統領候補は、選挙公約のなかで、石油・天然ガスの生産に対する積極的なメタン排出制限を行うことを表明している11。
ただし、石油・ガス産業からのメタン漏洩防止やメタン回収は、メタンそのものに商品価値があり、有効活用が可能であるため、他の削減対策に比べて費用対効果が高く、実施しやすい対策であるとされている(IEA, 202012)。連邦政府の規制動向に関わらず、今後もメタン漏洩対策が進展されていくことが期待される。
なお、米国の石油・ガス産業からのメタン排出に関しては、米国が国連に提出している温室効果ガス排出量が過小推計となっている可能性が指摘されている。ミシガン大学の研究によれば、浅海域に位置する洋上石油・ガス生産施設は老朽化したものが多く、米国政府の推計における想定よりも漏出量が多いとしている(Negron et al., 202013)。米国は世界最大の天然ガス生産国であり、その漏出量の大きさを踏まえると、推計方法やパラメータの改善により、今後より精緻な排出量を把握していくことが必要だろう。
ロシアが2020年4月にUNFCCCに提出した最新の温室効果ガスインベントリによれば、2018年における排出量は約2.8億トンであり、1990年以降で最大となっている14。ロシアからの燃料からの漏出に伴う排出は、その約45%が天然ガス、約31%が原油、残りの約25%が石炭由来であるが、2018年の化石燃料の生産量が、天然ガス、原油、石炭の全てで1990年以降最大となり、これが排出増の主要因となっている。
ロシアの温室効果ガスインベントリにおける原油・天然ガスからの漏出に伴う排出量は、これら化石燃料の生産量に完全に比例している。これは、ロシアは本分野の排出量を算定するにあたり、生産量等の活動量あたりの温室効果ガス排出量(排出係数)を、1990年以降全ての年において一定の値として設定しているためである。すなわち、1990年以降約30年にわたる生産設備・生産効率の変化や漏洩対策の効果など、生産量あたりの排出量に影響を与える要素が、排出量の推計結果に反映されていない状況となっている。加えて、適用しているいくつかの排出係数について、温室効果ガス排出量の算定における国際的なガイドラインである2006年IPCCガイドラインに示された国際的な標準値よりもかなり低いなど、その算定値の正確性に改善の余地があることが指摘されている15。
天然ガスは石炭よりも熱量あたりの炭素含有量が低いため、石炭よりも天然ガスの方が気候変動への悪影響が小さく、一般的に石炭から天然ガスへの燃料転換は有効な排出削減対策とされている。しかし、ロシアの天然ガス企業であるガスプロムの生産設備からの漏洩率は少なくとも5-7%あるとの情報もあり16、このメタン漏出を考慮すると、石炭と比較した場合の優位性が縮小することになる17。排出量推計値の科学的正確性の早急な改善と、漏洩対策の実施が重要であると言えよう。
以上、化石燃料の採掘に伴う温室効果ガスの漏出実態について、大排出国の状況を見てきた。いずれの国においても、政府が推計している排出量推計値に大きな不確実性が存在している。2020年3月にIEAが公表した報告書Methane Tracker 2020においても、石油・ガス産業からのメタン排出量に関して、「気候変動枠組条約に提出された温室効果ガスインベントリは、排出削減に取り組もうとしている政策立案者が必要とする詳細で正確な情報を提供していない」との指摘がなされている12。現在、衛星や航空機等による大気中メタン濃度の測定を通じたメタン漏出量の検出・定量化に向けた研究が進展しており、これらの測定データとの比較検証や、採掘施設等におけるモニタリングデータの蓄積等を通じ、排出量推計値の正確性を向上させていくことが求められる。加えて、上述のIEAによる報告書の分析によれば、石油・ガス産業からのメタン排出量の約75%は技術的に回避可能であり、かつ40%は追加コストなしで実施可能であるとされていることから12、早急な対策の実施と徹底が望まれる。
なお、本分野の排出は化石燃料の生産等に伴うものであるため、化石燃料そのものの生産量が減少すれば、本分野からの排出も自ずと削減されることになる。再生可能エネルギーの導入等による化石燃料からの脱却は、化石燃料の燃焼時に排出されるCO2が削減されることに加え、本稿で取り上げた燃料からの温室効果ガス漏出量の削減にも寄与する。気候変動の抑制に向け、社会の脱炭素化を加速させていくことが最重要であることは言うまでもない。